共依存・アダルト・チルドレン(AC)、複雑性PTSDと自己愛パーソナリティ 臨床心理士

少し前のAC、共依存という言葉のブームは、

幼児期児童期に不適切な養育環境を体験しその影響を少なからず受けたまま青年期を向かえた人々が、自身の苦難を語る機会を開いた。一方、近年では注目を得ることを自尊心と取り間違え、それが収入につながる仕組みを持つSNSの成果が連日のように報じられている。これらの隆盛は各個人が自己愛の課題にとりくむ機会を隠してしてしまうのではないだろうか。

AC、共依存という言葉を通して自らを理解しようとする動機の高い人々

開業カウンセラーを訪ねる来室者には自らを共依存またはACであると語る人々が少くない。かれらはAC、共依存という言葉を通して自らを理解しようとする動機の高い人々と言える

共依存とAC、複雑性PTSDと自己愛パーソナリティ

斎藤によれば共依存とは、依存症者とその配偶者との間に生じる嗜癖的な人間関係パターンとして見出され、他者の願望や期待を読み取り、それに合致するように生きようと常に努力し続けることを特徴とする。そして、AC とはそのような人間関係を作ってしまう人が自分のパーソナリティについて抱く主観(自己批判)である。この主観は複雑性PTSD(感情調節障害、低い自己評価、人間関係の障害)という概念で説明が可能で、現在の自己愛パーソナリティとされているものに相当するが、このパーソナリティは「障害」に該当するとは限らない。
<引用文献>
斎藤学: 共依存と自己愛パーソナリティ障害. アディクションと家族, 35; 99 − 106, 2020.
斎藤学: ヒトは嗜癖する−共依存から性暴力まで−, 金剛出版, 2024.

カウンセリングとワークの方向性は、

AC(アダルト・チルドレン)の自覚あるなしに係わらず、児童期に「私である」と言う感覚の発育が阻害された時間の経過が観察できる。対人関係維持の困難、感情制御の問題、自己認識の問題などの課題から治療がはじまるが、やがて、自分とは何を欲している人なのか、この先、年齢や状況に沿ってどのような将来を描くのかという人生観、世界観の育て直しという実存的な課題に変化していく。

ACの変容とは単に生き延びることから
存在の表現として生きることへの転換と言えます。

<C・L・ウイットフィールド:斎藤学監訳,鈴木美保子訳,内なる子どもを癒やすーアダルト・チルドレンの発見と回復ー誠信書房,1997.>

東の空の低い位置に大きくて赤い満月を見ることができます。眺めていると、いにしえの人々にも今の私たちと同じように家族の神話や病気、自己顕示欲などに悩んでいたんだろうなぁと感じることができます。
 上の世代から無意識に受け継いでしまった「鎧」が、大人になった自分には小さすぎて窮屈と感じる時は、成長や変化のプロセスなんだろうなと思います。
けれど、親の世界観、人生観を越える、拡張する、変化する、別れるとは、時に強い抵抗を伴うのでしょう。盟友との別れ、身体の死に匹敵するような困難をともなうこともあるでしょう。これまで演じてきた役を降りたり、脚本を書き換えたりする必要があるからです。不安を感じるのはとうぜんなプロセスでしょう。
小さい頃に満月はどのように見えていたのだろうか?
同じ月を見ているのにどうしていまはこのような気持ちになるのでしょう。
こういった自己愛が成熟していく道のりとは、大人になる寂しさを体験するものです。

けれど、他者や世界の反応(他者の言う幸せや成功)ではなく、自分の課題に取り組んでいると思える時、たとえそれが困難なものであれ、「自分の課題とともに居る」という感覚が「私」なのでしょう。こうした過程を経ることで、私たちは自分を愛することができるようになるのではないでしょうか。

 

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家族とAC研究室

 

明石郁生

セラピスト