オンライン小説『リバウンド』rebound-005 オオサカ

 

始発電車に乗るためにビサが朝4時から包帯を巻くのを手伝ってくれた。全身に包帯を巻きジャージと長袖のTシャツで覆った。顔は包帯を少なめにしてマスクをしてサングラスをかけた。U2の帽子をかぶって駅までゆるゆるとあるく。これから暑くなる予感がするが、早い朝の空気はひんやりとしていて救われる。電車はすいていた。向かい側に同世代らしき男が座っている。アイロンがぱりっとかかったシャツを着ている。資料を眺めて今日の会議に備えているようだった。彼はたぶん医者に鼻であしらわれてはいないのだろうし、ヒフのくずひとつついていない濃紺のスーツを見ているとくやしくてくるしくて涙がにじみでた。ぼくはいま持てるだけの気力と体力と我慢を振り絞ってここに座っているが、どこに何をしにいくのか自分でわからないでいる。これからいくところとやることがはっきりとしている人にはげしく嫉妬した。小さな女の子と男の子を連れたお母さんは実家に帰省するのだろうか。デパートの紙袋をいくつかわきにかかえている。二人はまだ眠そうだ。ぼくに子どもができるとしたら遺伝して同じ目にあわせることになるのだろうか。それは絶対にしたくないと思う。

シンオオサカ駅のドアを出ると熱風がかたまりになってぶつかってきた。よろよろとタクシー乗り場に向かう。
「にいちゃんどないした?交通事故か?えらいたいへんやったなぁ」
と言う運転手にめんどくさいのではいとだけ答える。彼は15分間自分がいかに運転に気をつけているかを話し、最後には親を大切にしなくてはあかんでと言った。

指定されたホテルは金色と緑色の落ち着いたデザインだった。タクシーを降りるとドアマンが一瞬複雑な表情を見せたがすぐに笑顔にもどり回転ドアを促した。ぼくはぴかぴかのガラスに映っている自分の姿を見て足が硬直した。都内を始発で抜けてきたので人が少なかったが、今ではロビーにたくさんのまともな姿の人がいた。どうして自分はこんなに尋常ではない包帯姿をしているのだろうと受け入れ難かったがこんなところで立っていると係りの人やらが来てややこしいことになるだろうと思って下を向いてなんとか足を踏み出して金色のドアをおした。ロビーフロアは冷たい空気の固まりが見えそうなくらい冷房が効いていた。直接的ではない突き刺さるような目線を感じる。ビサがプリントアウトしてくれたフロアレイアウトを確認してエレベータに向かう。内装が金色のエレベーターの中に入ると自分がバイキンのように感じた。エレベーターを降りて緑の絨毯の上を歩く。誰にも合わないことを願いながらルームナンバーを確認する。なんどか躊躇して覚悟して部屋のドアをノックした。

「おはようございます」
背の高いの男がドアを開けて日本語で言った。ぼくは自分の名前を言った。彼はうなずいて部屋に入るようにと脇によった。部屋には6人ほどが座れる緑色の大きなソファーと金色の縁取りのテーブルがあった。大きなガラス窓からはビルがいくつかと川がまぶしく光って見える。看護師らしい中年の金色の髪の女性がハイと言って奥の部屋に入るように首をたおした。ぼくはサングラスをかけっぱなしにしていたのに気がついてそそくさとはずした。奥の部屋はツインのベッドルームだった。ベットの上にひらいたままのスーツケースがいくつかあって、見たことのない形のボトルや医療器具(たぶん)が無造作に置かれていた。ライティングデスクに白衣を着た男が座って何か書き込んでいた。ぼくに気がつくとペンをおいて、ぼくに目をあわせてゆっくりとうなずくと立ち上がってぼくの包帯の手を気にせず握手した。
「ナイスミーチュー、私はボノです」
彼はよく日焼けをしていて白衣の下にアウトドアブランドのポロシャツを着ていた。ぼくは自分がスキーが好きだったのを思い出してなんだかとてもほっとした。彼はたどたどしくもていねいにぼくの名前を日本語で言って、合っているか?と確認するように目を開いた。ぼくはうなずいた。彼はほんとうによく来たな、あえてとてもうれしいと言ってぼくを椅子に座らせた。先ほどの背の高い男がやってきて治験の同意書(たぶん)を日本語で読んでくれたけど全然頭に入らなかったが、ぼくはさっきからなんだかかわからない普通にあつかわられている感じにとまどった。

金色の髪の色の看護士がぼくの包帯を外しにかかった。ちょうどよいハサミがなくて手間取ったがぼくは残暑の金曜日の朝10時30分にオオサカのホテルの一室で3人の見知らぬ外国人の前で文字通り裸になった。おどろくべきことにボノはぼくの肌に直接手で触れた。まゆをひそめて鼻を鳴らして、口を曲げたりあけたりして何かを書いていた。ほどなく、彼が何かに気づいたことにぼくは気がついた。それが研究者としての興味なのかなんなのかわからなかったが、彼はぼくの症状に興奮していることがわかった。ぼくは始発に遅れないよう一睡もしなかったのでふらふらだったし包帯を取られてむき出しのヒフはばりばりにひきつって痛いし、よせばいいのに新幹線の中で2杯もコーヒーを飲んだので胃の中がしくしく重かった。少しは楽になるものであるなら早くなんとかしてくれと目で訴えかけたが、集中している青い目はわかっているからもう少し待てとうなずいて、さらにヒフを丹念に調べ続けた。ボノはふんと鼻を鳴らすと予告もなく小さなカプセル型の器具をぼくの太ももにおしつけてねじった。痛てっ。そして小さな器具に何かが入っているのをぼくの目の前で振って見せた。それはぼくのヒフの断層で血とヒフが液体の中で揺れていた。すぐに彼はぼくの太ももをさくさくと縫い付けて看護師が小さな絆創膏をポンと貼った。なんかすごいことを簡単にやられているが悪い感じはしなかった。患者として扱われている気がした。冷えたビールが飲みたくなった。ボノはスーツケースから小さなシルバーのケースを取り出し中に並んでいたプラスティックパッケージをあけた。ヤクルトぐらいの小さなボトルに英語でタイプされたシールが貼られていてスパイ映画で見るワクチンのようだった。彼はにんまりとしてボトルを2~3度振って、ピストルのような装置で少量の液体をぼくの尻に注射した。いててっ。ぼくの目を見てまたにんまりとうなずくと道具をかたづけはじめた。不思議な感覚だった。ぼくは自分が人間なような気がした。これまで医者に行って受け入れられているという感覚になったことはなかったのだ。

「月曜日にポートランドのオフィスで待っているよ」とボノは言った。
ポートランド?
ポートランドってアメリカか?

2020.8.18

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