オンライン小説『リバウンド』rebound-008 オールドファッション

おまえちっともおもしろくないないとドクターがかぶりを振った。それでやっと白衣の男女は顔を見合わせたりカメラのスイッチを入れたりして空気がなごんだ。
「オオサカで彼のヒフの断層を採取した」
ドクターがファイルの書類を一枚めくりながら言った。
ぼくは胃の底がきゅっと締めあがるのを感じた。
「・・・オールドファッション」ドクターが言った。
「えっ?」
ぼくはあごひげの男を首を回して探した。ぼくの背後に立っていた。きまり悪そうにうなずいて、
「リュウコウオクレのフクを着ている」と日本語で言ってごほんと咳払いをした。
「リュウコウオクレ?」
ぼくはドクターを見た。
ドクターボノがうなずく。白衣の男女はふんふんとぼくの体をなめるように見てうなずいている。ちょっと待てあんたら何言ってんだふざけんてんのか?真ん中に座っているぼくだけ答えがわからないというゲームをしている気分だ。
なにか問題でもあるのか?とドクターは両手を広げた。
「流行おくれってなんだよ?」ぼくは日本語で言った。
あごひげ男がこまったような顔をしてドクターを見た。
ドクターはぼくの目をじっと見て、肩をあげた。
「わかったわかった、俺は今日このあと時間があるしスシとサケにつきあうよ。その前に写真をいくつかとらせてくれ」
なだめられているのかごまかされているのかわけがわからなかったが、それらとぜんぜん違うだろう意図や感情が周りの外人らにあるのだと感じてますますわけがわからくなった。
「はあ」ととりあえずぼくはうなずいた。ドクターもうなずいてにっと白い歯をみせた。ぼくは診察台にこどものように足をたらして座っていて、足元にはまき取られた包帯がぬけがらのように落ちていた。サナギのまま病気になりふ化することのできないマヌケな生き物のような気分でいたし、そのまわりを白衣の外人(ここではぼくが外人だけど)に囲まれていてケツがムズムズしていた。ドクターは白衣の男女とちょっとしたミーティングをはじめている。ぼくはここに座っていることがまるっきりジョークで、もしかしてこれはアメリカ流のやんわりとした死の宣告のやり方なのかと思って、ドクターが言ったスシという聞き慣れた単語がスシスシスシスシスシと頭の中をぐるぐる回った。うなだれていると白衣の下にピンクのシャツを着た胸の大きな膨らみを目の前に見つけ、この世の中にこれほど柔らかそうなものはないよなあなんでこんなときにもそんなところに目がいくのだろうおとこってアホやなぁと思った。胸の大きなピンクのシャツは写真を撮るからねと言って残っていた包帯を取り始めた。とにかく成田へ行って直行便にのればあとはなんとかなるよとビサが寝ずに巻いてくれた包帯。東横線、山手線、成田エクスプレス、デルタ航空と15時間ぼくの人間性を支えてくれたサナギに愛着があった。包帯をくるくると巻き取っていくピンクシャツの手がももに触れた時ビクッとしてしまいトランクスの下で勃起してしまわないと心配になった。顔が赤くなったと思うが何年もぼくには顔色などなかった。

ドクターはクルーカットの男の質問に笑顔で答えたりしていて診察室が和やかな空気になっている。なんだかなぁ。胸の大きなピンクシャツがどんどん包帯を巻き取って、ぼくはいよいよ裸になりつつあった。ドクターは満足そうににこにこドヤ顔している。ちょっとむかつく。興味深そうにノートを取っている白衣もいれば夢中で写真を撮っている白衣もいる。ぼくは自分がマヌケな虫に思えていよいよ腹が立ってきて胸の大きな女子の手を制して残りの包帯を自分でぐしゃぐしゃととった。
診察やら撮影やらが終わると終わると白衣の男女はひとりひとりぼくと握手してドアからでていった。なんで握手?。ドクターはぼくにオレンジの錠剤2つとグリーンのカプセルひとつを水でのませた。浸出液がでているところには簡単にガーゼをあてがい上からテープを貼った。それでぼくは何年かぶりに包帯を巻かず自分のヒフの上にTシャツを着た。いまでは、おどろくべきことに治療を受けた気分でいる。人間のような気分でもある。死にたくないのかもしれないがわからない。
ドクターはデスクで書類にペンを走らせている。ぼくは子どものような気分でそのうしろ姿を見ていた。彼がぼくの目線に気づいて振り向いた。
「おまえの言いたいことはわかる」
ドクターはそう言うとまた書類に向かいだした。
「オールドファッション?」
「イエス」
ドクターは書類から目を離さないで言った。
「どういう意味?」
「アメリカではもう見ることができない」
「は?」
ドクターはおまえほんとにめんどくさいなとかぶりを振って書類をとんとんとそろえた。
「さっ降りろ」と彼は言った。
ぼくは診察台から降りた。
顔は?とドクターを見ると、もう包帯は必要ないと手をふった。ぼくは生身をむき出しで外界にさらしている感じがした。彼はファイルをいくつか棚にしまうと首を倒してぼくを診察室から連れ出した。ベージュ色の廊下をきゅっきゅっきゅっきゅっと歩いていくとさっきの白衣の何人かに会った。ハイと名前を言われた。廊下の一番奥にドクターの名前が書かれたオフィスがあった。フォトフレームに雪景色の写真。うあースキーするんだ。ソファの上にぼくの好きなアウトドアブランドのリュックが無造作に置かれている。彼は白衣を脱ぐとサンダルに履き替えて小さな流しで手を洗った。
「さっ、おれは腹が減っているしガソリンが足りないんだ、うまいスシをくおうぜ。トウキョーの話でも聞かせてくれよ」
とさっさとドアを出て廊下を歩きはじめた。デスクの上にMacがあった。U2のTシャツを着たビサを思い出して胸がきゅんとなった。

2020.8.25

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