オンライン小説『リバウンド』rebound-017 ユウジンの語り

オフシーズンで平日の観光地のカフェは静かに時が流れる。経営状態が心配になるが。雪にかわりそうな小さな雨が窓ガラスを打っている。遠くの森に別荘がいくつか見える。ときおり名前のわからない鳥が甲高い声で鳴いた。お店の中はグレイで塗られているが、とってつけたようなグレイではなくて彩度と明度を気にしていて周囲の木立とあっていた。大きな石油ストーブにオレンジ色の火がついていてその光は恋人たちを親密な感じにさせた。ランチタイムの喧騒が一段落して、いまでは数組のカップルだけになった。自殺の話しではなく仕事上の関心ではなく、たんに昔の恋人との再会であるならすてきな時間だろうとリタは思った。時間の経過は悲しいこともある。前にしか進まない。
「すぐ効く薬は重宝される」ユウジンが言った。
「コンビニな社会の誕生ね」
リタはサンドイッチからこぼれたトマトをフォークでつついた。
「でもな、患者は数年もしないうちに窮地に陥ったんだ」
リタはトマトからユウジンに目線を戻した。
「窮地?」
「『セラ』は、症状を押さえるだけだったんだ」
「治療ではなかった?」
「すぐに効く薬は医者も患者もハッピー」
ユウジンはかぶりをふった。
「とりあえず良ければいい。良くある話だ」
リタはサンドイッチを食べながらありがちでやばい話に興奮してきた。山奥に巨大なダムを作ったり、橋や道路を作ったりしてこの国は成長をしてきた。必要か不必要かではなく、とりあえずの利益が優先されてきたことは皆が知っている。いつか大きなツケを払わなくてはいけないことも皆が気づいている。
「リバウンドを訴える患者が現われたんだ」
「リバウンド?」
「ヒフの禁断症状らしい」
「覚せい剤の依存者が薬を止めた時のような?」
「そうかも知れない」
「患者さんは病院でお薬をもらってたんでしょう?」
「そう」
「医者は?」
「実際のところ医者自身が困惑しているようだ」
「どういうこと?」
「彼らは習った通り処方していた」
「ガイドラインとかがあるのね?」
ユウジンがテーブルに広げた資料の中からホチキスで綴じられたペーパーをひろいあげた。
「これが『ワイプ』標準治療ガイドラインだ」
カラー印刷されているチャートを見てリタはダム開発の事業計画書を思い出した。
とてもゴージャスで分厚い。
「先月取材した男性は小学生の頃から医師の指示通り『セラ』を使い続けていた。実際、止められなくなった」
「薬物依存のしくみ?」
「そうなんだろう。ちょっとでも止めるとヒフが『セラ』を欲しがり悪化する」
「やめられないの?」
「彼はなんども『セラ』を止めようとした」
「医者に相談できないの?」
「彼はリバウンドの度に医者に助けを求めた。で、毎回怒鳴られた。ほらみなさいだから言うとおり使い続けなさいと。それでさらに強度の高い『セラ』が処方された」
「それは治療ではないわね」
「その場しのぎだ。実際には、その場もしのげてない」ユウジンはかぶりを振った。
「彼は依存の果ての恐怖を抱えながら使い続けるか、覚悟して止めるかを迫られたが、二十代後半には『セラ』を使っているにもかかわらずリバウンドが起こるうえにパニック発作に見舞われるという状態になった。彼は6ヶ月の休養期間を経て会社を止めた。自己都合退社。その後、経済的な窮地と将来への不安から妻と子供とわかれる選択をした。半年間ひとりでエス市の温泉湯治場で闘病していたが先週、源泉脇の崖から飛び降りた。温泉地は連休で家族連れが多かった。」
リタはうなずいた。
「それで、記事を書こうと思ったんだ」
ユウジンは話すのが止まらない。コーヒーが半分冷めている。取材に手ごたえと確信を持っている。
「そういう患者さんはどれくらいいるの?」
「ひとりもいない。ことになっている」
「は?」
「ガイドラインには使い続けていれば問題はない。と書いてある」
「依存しつづけろと」
「そうだ」
「依存を断ち切ろうとしてリバウンドを起こしている患者は?」
「存在しないことになっている」
「カウントされない?」
「止める患者が悪いのだと」
リタは胸がむかむかしてきた。
「実際のところは?」
「自室で孤独に壮絶なリバウンドに直面している患者が全国にどのくらいいるのか予想もつかない」
ユウジンはかぶりをふって続けた。
「彼らは学校や仕事にいくことができなくてひきこもるようになったんだ」
ユウジンはサンドイッチの最後の一切れを飲み込んだ。
「覚えてるか?90年代にはちょっとした社会問題としてニュース番組に取り上げられてた」
リタはうなずいた。
会社の後輩がニュースキャスターが紹介していた温泉が良いのだと、休みのたびに行っていたのを思い出した。彼女は会うたびに痩せて顔色が悪くなっていった。いまどうしているのだろう?
「なんで最近はテレビとか新聞で見かけなくなったの?」
そこなんだよとユウジンは足を組み変えた。そして、コーヒーカップを持ち上げて、冷めてしまっているのに気がついた。
彼は例のウエイトレスを見つけてブイサインでコーヒーのおかわりを2つ頼んだ。のってる。

2020.9.10

 

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