オンライン小説『リバウンド』rebound-030   リタと会う。

土曜日の午後、エビスはひと通りが少ない。
周囲の事務所が休みなのだ。ベビーカーを押したママさん達のお散歩。裕福そうな紳士。高そうなジャージを着た外人女子。ちょっと地元感のあるエビス。ぼくにとってコーヒーとジャズはさざなみを和らげるひとときであった。行動と気分が一致していることは気持ちの良いものだ。ビサがぼくをキャラクターデザインしたイラストをタンブラーに貼ってくれた。傷ついていてちょい悪そうなウサギ。眺めているとまあちょっとしたトラブルにも耐えられる。かも知れない。
タンブラーからショートドリップを半分も飲み終わらないうちにその女性は来た。ピッチを鳴らさないでぼくがわかったらしい。まっすぐにぼくのテーブルに歩いてきて名前を言った。ジーンズに低いピンクのパンプス。ウエスタンシャツにベージュのコート。男性と同等にもしくはそれ以上に仕事をしているオーラ。髪は肩まであって黒く軽くカールされていたが毛先が痛んでいてつんつんしていた。唇がうすい美人顔。
「はやくきちゃったみたいですね?」
ぼくがノートを閉じてリュックに入れているのを見て言った。
「いや、だいじょうぶですよ」
彼女はうなずくとかばんを椅子に置いてコーヒーを買いにカウンターに歩いて行った。ウサギタンブラーからコーヒー飲んだ。今日のショートドリップはかなりビター。店内にはミュートされたトランペットが流れている。彼女はトレイにアイスカフェラテのラージとサーモンサンドイッチとダブルチョコレートドーナッツをのせてもどってきた。
「昨日遅くて、さっき起きたんです。よかったら一緒にたべませんか?」
「いや、いいっすよおなかすいてないのでどうぞ気にせず食べてください」

7時にビサとエビス名物焼肉を食べる約束をしていた。いまドーナッツなんか食べたらたいへんだ。ハラミもホルモンもたくさん食べたい。チョコレートドーナッツとコーヒーが混じるのを思い浮かべるだけにした。彼女はメールにも書いたが自分は患者ではないと言って名刺を1枚くれた。そこには大手出版社の名前と雑誌名が印刷されていた。個人的に話を聞きたいと思っているが職業的に取材になってしまうかもしれない、でも記事になるかどうかは全くわからないので期待しないでほしい、だから名刺をしまってほしい。勝手なことばかり言って申し訳ないが気をわるくしないでくれというようなことを言った。
だいたい最初の15分ほどでチューニングすることを覚えた。会話の方向がぼくの主旨ではないと感じた時は申し訳ないがと席を立つことにしたのだ。同じ境遇だと言う事で強く同情してしまいなんども傷つき胃液を吐いた者の自衛手段である。ぼくはわかりましたと言った。関心があればなんでも体験を話すし隠す事はひとつもないと言って彼女の名刺をしまった。彼女は安心したように小さくうなずいた。彼女は正直そうだった。うすいルージュが仕事をしている女性っぽくて目を引いた。

彼女は『セラ』リバウンドについて驚くほど知っていた。患者さんではない人でこれほど知っている人に初めて会った。いつもある程度覚悟している。
「『セラ』を正しく使っていればリバウンドは起こらないはずです」
「『ワイプ』にかかる人は精神的に弱い人で甘えているのです」というような無知な説教を。ぼくは「あんたになにがわかるんだ!」とどなりテーブルをひっくり返さないように早めにここに来てコーヒーを飲みながら、あぶないときは早めに席を立つシュミレーションしておく必要があった。彼女はその手の心理戦を仕掛けてこない。見ていて気持ちが良いくらい大きくサンドイッチをほおばりアイスカフェラテをずずぅと飲んた。
「どうしてぼくだとわかったんですか?」
「ん~仕事柄、勘だと思います」
彼女はまっすぐにぼくの目を見て言った。その目には哀れみや同情というような感情はなくただ興味があるという力があった。
「そういう人特有の感じがする」
「どんな?」
「ん~何かを知ってしまったようなあきらめたような」
ぼくは彼女に好感を持った。どうしてかわからないがさざ波が少し小さくなった。

2020.10.1

 

 

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