オンライン小説『リバウンド』rebound-031   カワムラの会議。

じめじめとした日が続いていた。カワムラは会議室で気分が悪かった。昨夜のサケが残っている。このところ飲みだすととことん飲んでしまう。

「それで、どうするんだ?」カワムラは不機嫌に言った。
「例の医師らにはえりをただすよう指導文書を送付するという処置で問題ないかと思います」コヤマが答えた。
「ああそう」
「独自の治療を患者に施した場合、医師会からの退会勧告もあるとの警告を付け加えておきます」
「ああ」
「今回のガイドラインの改訂には、『セラ』の安全性は医学的に実証されていること、一部で言われている副作用など皆無なこと、むしろ、医学的根拠のない猜疑心を持ち、医師の指示に従わないことが患者に大きな不利益をもたらせているという点を追記します」
コヤマが言った。
「いつ配布できるのだ?」
「これより印刷開始の指示を出しますので、来週末には全国の各大学病院、大手クリニック、開業医、関係学会事務局、記者クラブらに配布できるかと思います」コヤマが答えた。
「我々は国民の健康を守るという重大な責務があるのだ。『セラ』をうまく使えない田舎医者の騒ぎで患者や市民に不安を与えてはいかんのだよ」
「おっしゃる通りです」
「まもなく「セラⅣ」も認可され臨床現場に入る。我々は患者のために全力を尽くすのだよきみぃ」
カワムラはそう言い切るとお茶をすすった。外は晴れ渡っている。会議室の大きな窓からは下方にビルがいくつも見える。自分はあのビルらで働いている人々の上にいるのだという支配感が心地良い。ものごとは上から見るものなのだ。広告代理店のスズキがスクリーンにパワーポイントを映し出した。青々とした芝生の上で母親と息子、父親と娘がCM的な笑顔で寄り添っている。傍らの犬がフリスビーをくわえている。スズキがマイクをとった。
『“『ワイプ』克服に向けて~正しい治療のために”と題したカンファレンスを札幌、エス、東京、名古屋、大阪、福岡で行います。『ワイプ』対策委員会は昭和40年発足以来病態解明と治療薬の研究を行い国民の健康と安心に貢献して参りました。今回の目玉は、最新の『セラⅣ』の臨床効果についてカワムラ委員長の基調講演を予定しております。また、『ワイプ』治療の最新トピックスの紹介と各地の地元医師らとのシンポジウムを通して『セラⅣ』の安全性の普及に努めるものです・・・。』

このスズキというやつはあまり好きではないがつかえるやつだ。この急な「セラⅣ」全国カンファレンスの仕込みも7日でやってのけた。副作用だリバウンドだという被害的な声には学術的なプロパガンダと権威付けを全国レベルでがつんと行うことが有効だという主旨の企画だ。世間というものをよくわかっている。協賛企業もしっかりと決めてきて、運営費費などは協賛金でまかなわれる。地方でのゴルフやらお楽しみやらのセッティングも盛り込まれてる。親族が製薬会社を代々経営していて、アメリカに留学経験がありコヤマと知り合いらしいが本人はそんなことまったく気にしていないようだ。ややこしいポリシーや正義感などを感じさせない。いやみがなく素直でこちらの意図をつかむのがうまい。地方の役所勤めの家庭に育ち田舎の高校を出て公立の医学部に入った自分とは種類が違うにおいがする。
「・・・次に新聞広告案ですが」スズキは続けた。カワムラが頭をふって言った。
「あー我々は専門家ではないから君たちにまかせるよ。あーあれだ誤植のないようにしてくれればいい」
「わかりました。おまかせください」スズキは一礼した。
完全デザインを持ち込んだのはスズキのアイディアだったが、良かった。原稿状態で何度も会議をするといつまでも決まらない。現実的な事実とはこうやってつくるのだなとコヤマは感心した。
カワムラがどっこしょとばかり席を立とうとした。
「ちょっと報告がありまして」
コヤマがスズキを気にしながら言った。
カワムラは「かまわん、なんだ?」と手をまわしてうながした。
「例のエス市の件で地元警察から内々にということでコメントを求められておりまして」
「なんだと言うんだ?」
「『ワイプ』とは自殺に至る病気なのかと」
「どうして知りたがっているのだ?」
「彼らは『ワイプ』患者であったという報告があったようで」
「世の中には病気を苦にした自殺はしばしばあるだろう」
「そうですね」
「医者である我々としては誠に遺憾ではあるがね」
「はい」
「たしか、断食をして水を大量に飲むとかいうケースがあったな」
「はい、治療をせず、敗血症を起こし錯乱し、窓から飛び降りたと」
「我々にはどうすることもできんだろ」
コヤマはうなずいた。
「民間療法だかなんだかが山ほどあるんだろ、医者でもないのにけしからん」
カワムラは頭を振った。
「そういうのを助長するマスコミやなんかにも多少なりとも責任があるんじゃないのか?なあスズキくん」
「はい。ごもっともです。私どもでは商品やサービスを広告する際の掲載ポリシーがございます。なんでも売れれば良いと言う風潮は嘆かわしいものです」スズキが言った。
「まったくいろんな商売があるもんだ、中国の薬草、その前はなんとかっていう温泉だったろ?そんなのにいちいち我々医者が係わっていられるか!行きたいやつは中国だろうがどっかの温泉だろうが行けばいいんだよ。まったくばかばかしい。医者の言う事を聞かない患者のことなんか知るか!そいつらはあれだろうここがおかしいんだろ?」
カワムラは人差し指でこめかみのあたりをつついてそう言うと席を立った。コヤマは何か言いたい気がしたが言葉にはならずカワムラの背中を見送った。会議に参加していた他の医師たちも三々五々連れ立ってドアから出て行った。
スズキは(大きな売上の確定に)満足げにシルバーのノートPCをたたんでいる。
「おつかれさまです」
コヤマはああと返事をしただけでスズキを無視した。スズキは「医者の言うことを聞かない患者」とノートPCに打ち込んだ。こりゃーまた売り上げ立つじゃん、おれっていいクライアントもったよなぁ。携帯をとりだして会社のマーケティング部に調査依頼の電話をした。
広い会議室には携帯に向かって嬉々と話すスズキの声が響いた。

2020.10.2

 

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