オンライン小説『リバウンド』rebound-040    リングイネ。

週刊誌に記事が掲載された日からメールが一気に増えた。
「ねえ、あちこちの書き込みもすごいことになってるわね」
Macの画面をみながらビサが言った。このところ金曜日と土曜日の夜は一緒にいる。とても楽しい。今日のスタバは夕方5時に終わって東急スーパーで買い物をした。ぼくはキッチンで白ワインをちびちび飲んでいた。トマトを切ったりタマネギを切ったりしながらイカ刺しをつまむ。ディチェコのリングイネをゆでながら、オリーブオイルとオレガノと塩でさっぱりしたトマトソースをつくった。

「何か影響はあるの?」
「話を聞きたいという人が増えたし、あー、例の気に入らないという主旨のメールもたびたび来る」
ぼくはリングイネをざるにあげて湯を切り、トマトソースの入ったフライパンに入れた。パスタの煮汁のにおいとトマトソースのすっぱい香りが小さな部屋を満たした。まだしっくりこない安心という気持ちが好きになりはじめている。
ビサがプラスティックの衣類ケースにタオルを引いてテーブルにしてくれた。ぼくはその上に雑誌を置いてフライパンごとリングイネを置いた。普通のグラスに白ワインをそそいで、ぼくらの普通の日々と金曜日の夜に乾杯した。
「続けるの?」
ビサはトマトソースをパジャマにとばさないように慎重にリングイネをフォークに巻いている。
「何にもやましいことをしていないし、誰にもケンカを売ってないと思う」
「ふむ」ビサが白ワインを一口飲んだ。
「来月の家賃が必要だし、トマトもリングイネも食べたいしワインも飲みたい」
ぼくはすでにちびちび飲んでいたのでいい気持ちになっていたし、その助けもあってそう話した。

ホームページとスタバはぼくを急速に成長させていた。はじめて自分自身の脚本を生きているような気分でいる。それは悪い気分ではない。こんな自分を感じたのは生まれてはじめての事だ。ビサはすっごいおいしかったと言って、上機嫌でフライパンとフォークを洗ってくれた。
狭い部屋には食事のにおいやワインの残り香がしていて、生きている感じがしたしそれが2人を親密にさせた。ビサがシャワーを使っている間、ぼくは両手首にある『セラ』リバウンドの痕跡を眺めた。「毒素を抜いて治す」というセールストークを真に受けて毒素を抜くどころか死ぬところだった。くっきりとした白と茶色のヒフの痕跡をドクターボノは物理的なヒフの損傷と言った。だいたい身体に毒素などないと言った。どうして薬を止めることがヒフの損傷を引き起こすのだ?ぼくはずっと医者の指示に従っていたのだ。さざなみが大きくなっていく。

ビサが体と頭にタオルを巻いてバスルームからでて来た。誕生日にプレゼントしたバラのシャンプーのにおいがする。すっぴんの顔は興味しんしんというエネルギーが発散されていた。
「あら?また考え込んでいるのかしら?」髪の毛をごしごししながら言った。
「えーべつに」ぼくは缶ビールを飲んでごまかした。
「1週間仕事をして金曜日の夜に恋人とおいしい食事をした後は」
ぼくはさざなみを見つめるのをやめて缶をゴミ箱に放り込んで火照るビサを受けとめてキスをした。
「そう」ビサの声がかすれていた。

2020.10.27

 

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