オンライン小説『リバウンド』rebound-044     わな。

木枯らしがエビスにもやってきた。
女子のマフラーがキュート。男子の革ジャンやニット帽はエビスっぽくて職業不詳。スタバの店内にはクリスマス仕様のパッケージが積み上げられている。ペーパーカップのデザインも赤と緑。クリスマスブレンドもうまい。
その女子のストーリーは良くできすぎているように感じた。『ワイプ』患者とその家族が持っている憤りやあきらめを感じなかった。なによりとってつけたようなカジュアルなシャツに不釣合いな髪型が気になった。39歳の兄がひどい『セラ』リバウンドで4年間家を一歩もでることができないでいる。両親がぜひ会いたいと言っているが申し訳ないが高齢でここまで来れない。どうか自宅に来てくれないだろうかと言った。このような依頼はいつもは断るのだが、仕事に行けず部屋に閉じこもっているという男に過去の自分を見た。相変わらずやってくるおまえはアメリカの詐欺師だと書いてくるメールのたばにぼくは違うと実証して見せたいと思った。

シブヤ経由で電車を乗り継いで、デンエン都市線の見晴らしの良い駅についた。冬の初めのよい天気で空が高く気持ちがいい。小さい子供を連れた若いファッショナブルな母親たちとすれ違った。彼女たちはそのまま何かのポスターになりそうだ。駅に隣接しているスタバでショートドリップを飲んだ。ビタミンカラーのスポーツウエアを着た女子の集団が楽しそうに笑っている。たぶん主婦。ジムの帰り?。こちらを向いてる女子は、白い短いスカートで長い足を組んでいる。豊かな髪が肩にかかり化粧が映えていた。半そでからのぞいているつややかなヒフを見ていると、リバウンドでただれたヒフやしたたる黄色い浸出液やかさぶたの残骸などはこの世には存在しない幻想なのではと思ってしまう。クリスマスソングが流れてきた。いつものようにさざなみがやってくる。虫眼鏡のようなめがねをかけて新聞を読んでいるおじいちゃんはなんでも知ってそうだ。聞いてみたい、ぼくは正しいことをやっているのだろうかと。店を出るときに洋服を着た小さな犬にほえられた。そんなにほえるなよぼくだっていっしょうけんめい生きてるんだよと言いたかったが、彼女は(たぶん)間髪入れずまたほえた。

5分ほど歩いた坂の途中にあるマンションについた。慎重にごつごつさせたアンティークな壁に囲まれたエントランスはホテルのようだ。指定された部屋番号を入力した。スピーカーから例の女子の声がして自動ドアが開いた。エレベーターで3階に行き部屋の前でチャイムを押してから表札が剥がれているのに気がついた。ドアが開いて女子が顔をだした。派手なブラウス、香水。大きな水槽が目に入った。お待ちしていましたお入りくださいと言い左に寄りぼくを内に通すと、すぐに後ろでドアがロックされた。ドアが閉まった瞬間、短時間にたまったタバコのにおいをかいだ。まずいと感じて胃の底がぎゅっとなったが遅かった。申し合わせたように右側の部屋から男が2人出てきた。
「いやいやどうもわざわざお越しいただいて、さっ、おかけください」
小さいほうの男が言った。何回もしめなおしてくたくたになっているネクタイが揺れていた。リビングが広い今風のつくりの部屋。右手に天井まである棚が並んでいて本がぎっしりと並んでいる。飾り棚にトロフィがいくつかあった。茶色の大きなデスクの上にはノートPCと緑の傘のデスクライト。生活感はまったくなくオフィスのような感じがした。小さいほうの男はソファーにどすんと座るとみどり色のチープなライターをポケットからだしてたばこに火をつけた。みりみりと音を出して吸い込むと目と鼻をしかめてけむりを吐いた。ぼくはたばこを吸う人がなんであんなににがにがそうな顔をしてけむりをはくのかいまだにわからない。大きいほうの男は黒いスーツに白いシャツを着ていた。ぼくと同じくらいか少し若いような感じだったが、がたいがでかい。
「いやいやあのね、おたがいそれなりに大人でね、時間ももったいないから、さっさとすませちゃいましょうね。げほげほ」
小さい男がひとしきり咳き込んで間を取る。黄色い歯が見えた。
「ざっくばらんに率直にいきますよ。あなたも率直はきらいじゃないでしょ?」
ぼくは黙っていた。
「ふむ。あなたはね入っちゃいけないところに入っちゃったんだね。へへっ」
ぼくはタバコのけむりでこめかみが痛み出した。スタバにもどりたかった。このけむりに比べると女子のおしゃべりのほうが全然耐えられるしもう一杯コーヒーも飲める。
「難病体験を語るとかその辺にしとけばさ、週刊誌なんかも面白がって記事にするだろうしさ、あんたはいってみれば元患者ですってな感じで同情をかってさ、ちょっとはおいしかったんやないんですかね?」小男が言った。
ぼくは黙って続きを待った。
「でもさぁあんたもいい年なんだからそこら辺を越えちゃいけないの、わかってるでしょ?日本人なんだしさ、えへへっ」
ぼくはニホンジンナンダシという言葉になんでかわからないけどびくっとした。ポートランドで若い医師たちに囲まれてジロジロ見られたり、自分に向けられているシャッター音をじっと聞いていたあの時の気持ちではなくて、ニホンジンナンダシ、ニホンジンナンダシ、ニホンジンナンダシ、ニホンジンナンダシ、モトカンジャトシテドウジョウ、モトカンジャトシテドウジョウとなんだか田舎の親戚のおじさんに成績が悪い事をたしなめられた後お年玉でももらっているような気持ちになって、なんだか涙がでそうになってそうなんですよと言いたくなってしまった。
「今日はねこんなだまし討ちみたいなことして悪かったと思ってるのよ、だからさっさと要件を済ませてしまいましょうね、えへへっ」
大男はリビングと繋がっている畳の部屋にあぐらをかいて座りずっと携帯で話している。こういう人たちはこういう人たちでニーズがあって忙しいんだなと思った。
小さいほうの男がジャケットの内ポケットから分厚い封筒を出し、中から一枚の紙を取り出した。右手の親指の爪が黄色くて指が短くて何の汚れかわからないが手のひら全体がくろぐろと汚れていてそれを見たとき背筋がぞくっとした。
「ここに名前を書いて、拇印をこことここに押してそれでおしまい。あんたはもうらうもんを貰ってうちへ帰る」分厚い封筒をずいっとぼくのほうに押し出した。
「あたしらは次の仕事へ行く。お互いもう会うこともありませんよ。えへへっ、かんたんでしょ」黄色の爪の黒い手をひらひらさせながら言った。
そのシーンが始まると携帯大男はむっくりたちあがり、ぼくのそばへ立って見下ろした。配置が連携している、シンプルな演出でスマートだ。手馴れている。需要があるのだ。紙に書かれていることは読んでも頭に入らなかった。字の上を目がずらずらと泳ぐだけだった。心臓がどくどくと言っている。ウエブサイトを閉じること、活動を止めることなど予想がついた一文があった。法的にどれぐらいの根拠を持つのかはわからなかったが、この状況はぼくを震え上がらせるのには十分だった。てきとうに書いといてこの場を逃げてやろうとも思った。でもそれがなんとなく気に入らなかった。ぼくは黙っていた。
「あら~そういう態度なわけ?せっかくおとなの話し合いをしてるのに。こまったね~あたしらも年末なもんでちょっと忙しいんだよね、えへへっ」
携帯大男がいきなりぼくのみぞおちのあたりに短いフックを打ち込んだ。ぼくはソファーごと後ろにふっとんでたおれた。はっと息が詰まって目の前に星が飛んだ。
ぼくは床に頭をしたたかに打った。

2020.11.3

 

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