オンライン小説『リバウンド』rebound-045     高級マンションの一室で椅子にしばられている現実。

どれくらい時間がたったのかわからない。気がついたら何か臭った。
小男がカップめんをすすっていた。大男はカップやきそばだ。マーケティングされた調味料の臭いと麺を茹でたお湯の臭いが部屋に充満していた。
「さっさとすませましょあたしら昼飯これやで」小男がカップを持ち上げた。
「別に借金を取り立ててるわけじゃないんやから、もうやめますって名前書いたら済むんやで。そしたらもっと金払いますよって書いてあるじゃないですか。うらやましい話ですやん」
大男はずるずるずるとやきそばをすすっている。
「あたしらはね難しいことはわかりませんがね、世の中にはあたしら庶民が知らなくてもいいことってあるんじゃないですかね?」はしをとめて小男が言った。
ぼくは床で腹の痛みをかかえた。殴られたのは学生の時以来だ。大人になって殴られるとかなりの衝撃だ。びびる。ビサに会いたかった。ビサの言うとおり会社に復帰していれば平日の午後に、知らない高級マンションで知らない大男に殴られることもない。年末にボーナスも少しもらえたのかもしれない。それで楽しく焼肉に行ってビールを飲んですごせたかもしれない。それがまともな社会人であると今わかった。じんじんと増してくるみぞおちの痛みを感じながら、なんとなくこの先を覚悟した。たぶんぼくは人生の簡単な選択を間違っている。殴られないと社会のしくみがわからない。つっこまなくてもいいところにつっこんでるまぬけだ。カップやきそばを食べ終えた大男がぶらぶら近づいて来てぼくのわきばらに短い蹴りを入れた。肋骨がみしっと鳴った。ぼくは昼下がりの閑静な住宅街の一室で巧妙に殴られている。これはぼくの選んだ現実だ。ポートランドで命を取り留めたんじゃないのか?その先には普通の人生があるはずじゃなかったのか?小男はキッチンでタバコに火をつけている。たばこに毒でも入っていて倒れないかなと映画のようなことを思いついたがそうはならなかった。うまそうに顔をしかめている。ニュースでカップめんに釘が入っていたり毒が入っていましたという事件があるが彼らには当たらないのか。また大男がにやにやしながら近づいてきた。右にフェイントをかけて左のフックを肝臓のところに打ち込んできた。にぶい音がして頭が真っ白になった。ぼくはこの野郎とつかみかかろうとしたが大男の首は太くびくともせず、顔に張り手をくらって畳の部屋に吹っ飛ばされた。小男が「顔はやめとけや」と言った。口の中が切れて血の味がした。ドクターボノの治療を伝えたいなんておまえはなにさまなのだ。彼女に金を借りてる無職な男だ。食えもしないでなにをやってんだ。さっさと働いて家賃と国民年金と都民税払えよ。次から次に来るメールの言う通りおまえはただの偽善者だ。いいふりこき。ほらみろ殴られてる。いい気味だ。はは。ぼくはばかばかしくなって畳に大の字になった。知らないマンションの高そうな天井が見えたが視界がぼやけてる。目が腫れてきたのだろう。ほんとばかだよな。若くないし職もないし金もない。よけいなことして。なにやってんだか。ははは。ばかばかしくなるとちょっと怖くなくなった。
「こいつあほちゃうか、笑ろてんで」大男が見下ろした。
携帯が不意に鳴った。大男が出てすぐに小男に代わった。オイルライターでタバコに火をつけている。カップめんと男くささで学生のアパートのようなにおいがしてきた。整然とした本棚、アンティークな置き物に似合わないにおいだった。ぼくはなるべくけむりがすくないエリアを選んで息をした。わき腹がひどく痛む。
「はい。わかりましたで。すぐに行きますわ」小男はそう言うと電話を切った。
「あ?」大男がぼくのほうにあごを向けた。
「いかなしゃーないやろ。くくっとけや」小男は右手をぐるぐるとまわした。
大男はぼくの足を2~3回蹴ると起きろと言った。ぼくはわきばらをかばった。大男はめんどくせーなとぼくの襟首を掴んで軽々と起こしてずりずりとひっぱってキッチンの椅子に座らせた。
「わたしら出かける用事ができましてん。すぐもどるからなぁおとなしくしといてや」と小男が言った。
大男が洗濯ひもでぎりぎりと椅子の背もたれにぼくを縛った
「まともなメシ食う暇ないわ~」と小男が言った。
大男はぴしゃぴしゃとぼくの頬をたたくとにやりとしてどかどか出ていった。大きな音でドアが閉まる音がして鍵をかける音が聞こえた。

二人は単に仕事をしているのだろうと思った。仕事であるからには誰かに頼まれたのだろう。いったい誰にたのまれたのだ? 小男はぼくが入ってはいけないところに入ったのだと言った。入ってはいけないところってどこだ?ぼくの何が彼ら(誰かはわからないけど)の入ってはいけないところに入ったのだ。まだかなりぶん殴られるのだろうけど、頼まれた仕事ならすぐには極端なことはしないような気がした。一息はいた。わき腹がいたい。カーテン越しの光の感じから夕方がやってきたことがわかった。男の匂い、カップ麺のにおい、タバコのにおい。
いずれにしても知らないマンションの一室で椅子にしばられている現実的な自分に気がついた。

2020.11.7

 

 

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