オンライン小説『リバウンド』rebound-049  運ばれてきた娘を見てカワムラは目を疑った。

運ばれてきた娘を見てカワムラは目を疑った。
これは娘なのか?毛布とパジャマには見覚えがある。レナが小さいころから好きな犬のキャラクターだ。ずぶ濡れで、まるで火災現場から救出されたような重篤なヤケドが全身を覆っていた。顔がない。正確には顔を構成しているはずの髪や眉毛やヒフがないために表情がない。意識が戻ると娘は、痛い痛い痛いと絶叫しベッドの上で暴れた。セラヲツカワナイデセラヲツカワナイデセラヲツカワナイデと叫びヒフ感染の処置にあたる看護師を信じられない言葉でなじった。暴れる手足を看護師4人でおさえて筋肉注射をしようやく騒ぎは治まった。背中の汗が止まらない。看護師たちも髪を振り乱して息を切らしている。床に散乱したレナのパジャマや下着から生々しい血液のにおいがした。セラヲツカワナイデ? カワムラはカルテに原因不明の全身劇症ヒフ炎、入院治療を要す。と書いた。ちょっと迷うと妄想、幻覚、自傷の可能性とカルテに追加して皮膚科ではなく精神科入院病棟へベットを移すよう指示した。自分の娘であることは伏せた。
院長室で妻に電話した。
「おまえは知ってたのか?」
「知ってるわけないでしょ」妻が言った。
「あれは昨日今日の症状じゃない」
「知らないわよ、わたしこのところ忙しくて」妻が言った。
「・・・おまえ、自分の娘のことだぞ」
「あなたこそなんなのよ、家でレナといたためしがないでしょ。おえらい院長先生さまがいつもどこにいらっしゃっているのか知りませんけどね」
「ふざけるな、おれは家族のために働いてるんだぞ」深夜の院長室に声が響いた。
机の明かりしかつけていないので部屋は暗い。窓から暗く蒼い空と高層ビルの光が見える。
「わたしにも仕事があるのよ」妻が言った。
「おまえは母親だろ」
「ああそうよ、それであなたは医者なんだからあなたがレナをなんとかしなさいよ」
妻はレナのヒフのない血だらけの顔を見ていない。レナの絶叫を聞いていない。拘束具で止められたレナのむき出しのからだを見ていない。カワムラは受話器を握りつぶしそうな力を抑えて言った。
「レナの着替えを持ってきてくれないか」
妻は申し訳ないけどまだ会社にいなければならない。明日はいけるだろうと言った。
「とにかくあなたの病院なんだからレナは大丈夫なんでしょ?」
「ああ」とだけ言ってカワムラは受話器を置いた。

2020.11.29

 

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