オンライン小説『リバウンド』rebound-051    逃げる。

ぼくはオオイマチ線の終電、京浜東北線の終電を乗り継いでウエノ駅までたどり着いた。
改札を出ずにそのまま夜行列車のホームにいた茶色の電車に飛び乗った。硬い椅子に身を沈めて今日のことを考えてみたが疲れていてなんだかよく考えられない。確かなことは、殴られたわき腹と顔のひどい痛みだ。車両がはがたがたと音を立てている。真っ暗な窓の外に時折明かりが見える。まんじりともせず一晩中ビールとワンカップと小便のにおいがした。始終、人目を避けているというのは神経をピリピリさせる。

朝方に終点で降り、その場に停車していたローカル線に再び乗った。尻と腰ががちがちになったので見知らぬ駅で降りることにした。手すりが真っ赤にさびている無人の改札をぬけてよたよたと歩いた。男女兼用の古いトイレを見つけて息を止めて小便をした。蛇口をひねるときりきりとつめたい水が流れた。見知らぬ土地の朝は何事もなかったようにゆっくりとそこにあった。冬のカリッとした空気。晴れた空。もし状況がちがったら、こんなに胃が重くなかったら、きっと別の感情が湧いたに違いない。うつむいて小さな駅舎を出る。正面に何かのモニュメントと大きな看板、その周りにロータリーがありタクシーが2台止まっていた。自分はこのような風景の中で育ったことを思い出した。
タクシーの運転手がたばこを吸っているのが見えた。彼らは昨夜、風呂に入ってビールを飲んでテレビを見て、やわらかいふとんで寝たのだろうか。ぼくはたばこをすわないがとてもうまそうに見えた。彼らは今朝ご飯を食べみそ汁をすすり、熱いコーヒーを飲んで仕事に出てきたかも知れない。ぼくはふとんで寝てないし、歯も磨いていないし風呂も入っていない。うらやましかった。ぼくは何をしているのだっけ。実際には、ぼくはたぶん警察に追われている。わき腹が信じられないくらいじんじん痛い。たぶん折れている。誰かに見張られているようで落ち着かない。びくびくとしていて腹も減りすぎて気分が悪い。息を吐くと唇がふるえる。あのどちらかの運転手にビジネスホテルにでも連れていってもらい横になりたかったが、ビジネスホテルとかサウナとかは真っ先に手配が回るのだとなんとなく思って止めた。テレビで見たことがある。フロントや脱衣所にある張り紙は、あんなもの効果があるのかと思っていたが、人目につきたくない方に回ってはじめてそれがわかる。
ロータリーに止まっていたバスによろよろと乗り椅子に座ると目を閉じた。とにかく立ち止まっていてはいけない気がした。

2020.12.12

 

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