オンライン小説『リバウンド』rebound-052    レナと父。

「お父さん私なおらないの?」
遅い午後に病室にそっと入ったつもりのカワムラは驚いて声をつまらせた。レナは拘束具をはずされ、ベッドにすわり足を床にたらしていた。筋肉注射が効いているのだろう。正面の窓からは西日が入り逆光になっていたし、顔は目と口以外は包帯におおわれていたので表情がわからなかった。包帯の隙間から聞こえる娘の声はかさかさとこすれるような音がした。全身に包帯を巻かれたうえにパジャマを着せられている。足の指のはげかかったピンクの犬のマニュキュアに見覚えがある。それがかろうじて自分の娘であることを告げていた。
「レナ起きてたのか?気分はどうだ?」カワムラはなんとかそれだけ言えた。
レナはゆっくりカワムラを見上げた。
「お父さん鏡を持ってきて、看護師さんに言っても持ってきてくれないの。私の顔はどうなってるの?はやく鏡を持ってきてお父さん」
レナの息遣いが荒くなってきた。はぁはぁはぁはぁはぁはぁ。はぁはぁはぁ・・・。
「レナ、担当の先生に良く言っておくからね、大丈夫だよすぐに良くなるよ」
カワムラはいつも患者に言っている言葉を言ってみたが全然娘に気持ちが伝わってないことに気がついた。
「ここはお父さんの病院でしょ?お父さんは私をなおせるんでしょ?」
レナは突然、目のまわりの包帯の隙間に指を入れて包帯をはぎ取りだした。
「はやく鏡を持ってきてって言ってるでしょ。はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく」
レナは目の隙間をとっかかりにして、顔に巻かれている包帯をむしりとりはじめた。カワムラは娘に触れられず両手を宙に上げたままでおろおろするばかりであった。レナの指には黄色い液体と赤い血がねっとりとからみ包帯がぐずぐずと取れ始め、くびにだらだらとたれはじめた。今ではレナの顔半分ほど包帯が取れた。レナはとっさに振り向いて窓ガラスを見た。そこには傾いた西日の影に病室内の蛍光灯が反射し、鏡のようになっていた。
「これ、私?・・・いやあああああああああああああああああああぁぁ」
レナは甲高く絶叫し両手で顔をかきむしると床に倒れおちた。
「レナ!」カワムラはレナを拾いあげようと手をのばした。
「いややややぁぁぁ、触らないで、触らないで、触らないで、触らないで、触らないで、触らないで、触らないで、触らないで、触らないで、触らないで」
レナは声を搾り出しカワムラの手をはねのけた。その度に黄色い体液と血液と涙がつるつるとベージュに光る床に飛び散った。カワムラはひざついたままなすすべもない。患者にこれほど拒絶されたことはない。こんな娘を見たことがない。人間のこんな感情に触れたことがない。レナはなお力づくで首や体の包帯をはぎとろうとしている。歯をくいしばってなけなしの力で体にまとわりついている包帯をはぎ取っている。その姿はまるで火炎放射機に焼かれた人間が火の付いた衣服を剥ぎとろうとしているようだった。いやここは病院なのだ。
「セラヲツカワナイデ、セラヲツカワナイデ、セラヲツカワナイデ、セラヲツカワナイデ、セラヲツカワナイデ、セラヲツカワナイデ、セラヲツカワナイデ、セラヲツカワナイデ」レナは叫んだ。カワムラは我に返るとベットサイドにあるナースコールを押した。
「どうしました~?」看護師独特の声がスピーカーから返ってきた。
「おおれだ、はやく誰か来い、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやくはやく、はやくしろ」
カワムラはやっとのことでぼろぼろのまゆだまのような娘を抱きしめた。レナの小さな手の指をみてカワムラは圧倒された。10本のつめがめくれて、肉片と血液がくい込んでいる。小さいころ良く手をつないだもみじのような手はかたくこわばっていた。そっとにぎると、
「・・・お父さん」と小さなかすれた声がした。
カワムラは痛みに叫び、血だらけで父親の助けを求めている自分の大事な娘のせいいっぱいの温度を包帯を通してはじめて感じた。

2020.12.18

 

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