オンライン小説『リバウンド』rebound-057    ずっと父親を憎んでいた。

なんどか途中で失敗しながら、すべてのディレクトリをダウンロードした。
3時間かかった。ぼくは自分のリバウンドの写真は撮っていない。ひどすぎてしゃれにもならなくて撮れなかった。この医師は苦悩していた。症状が改善しないばかりか、さらに強度を上げざるを得ないという「耐性」にも直面していた。坊主の男子は強度を上げた投薬を続けないとリバウンドを起こすという悪循環に陥っていた。17歳の春に彼の強い希望で『セラ』の投薬を止めたと記録されていた。それからの画像、映像ファイルは壮絶を極めた。90日後に唐突に記述がおわっていた。

ダウンロードしたファイルをすべて見るのにさらに1時間かかった。最後に医師自身と思われる動画ファイルがあった。ろうそくが灯った仏壇の前にいる、背景は暗く、声も小さく聞きとりにくい。彼は気の毒なぐらい憔悴しきっていた。喪服のままざぶとんのうえに正座し、ひざに手をついてじっと固定されたカメラを見つめている。途中映像が途切れる。何度か撮り直したのだろう。イコライザーソフトを使って音声が聞き取れるよう慎重に調整した。6回目の再生で彼の声をすべて聞き取った。
「・・・息子に誓う。この悪魔のしくみには加担しない。それが医者として責任の放棄であることは十分にわかっている。・・・息子の18年に及ぶカルテと臨床データを公表する。『ワイプ』医療が発展する事を切に希望する」
おどろくべきことに、すべてのデータはインデックスファイルに1文字打ち込むだけですぐにホームページとしてインターネット上、つまりは世界中に公開されるように設定されていた。複雑で純粋な悔しさと彼の気高い意志がぼくの中途半端な被害者気分を打ちのめした。

冬の山のにおいがした。空気がかりっと冷たい。夜明け前の月がふとん部屋の小さな窓に浮かんでいる。もうすぐ雪のシーズンがやってくる。動くものひとつない濃い藍色の風景はぼくをほんとうに一人にした。PCを落とした闇の中でぼくは反撃を考えた。でもいったい敵は誰なんだ?過去のぼくのような患者か?警察か?それらはどれも関係しているが少し違うような気がした。医者が自分の息子を治せないと知った。悪魔のしくみに加担しないと自らの命を断った。背筋がざわざわして肩が張った。ぼくを脅して殴ったり、ないものにしようとしているのは彼らか?屋根裏部屋がぎししときしんだ音をたてた。暗闇の内でぼくはほんとうにひとりだった。心臓がドコドコ鳴りそのたびにわき腹が傷んだ。吐き気が波のようにやってきた。ふいごのように息が鳴りだす。のどの奥に何かつっかえている。それは知っているものだ。懐かしい感じさえする。よけいなことをしているかも知れなくてのっぴきならないさまにあるが、それはすくなくともそれはぼく自身だった。巨大で黒くどろどろしていて真っ赤な熱をもっていた。油断しているとのみこまれそうになる。ぼくはずっと父親に遠慮していた。それを気がつかないふりをしていた。父親は何かを隠している。吐き気が強くなる。吐けない。肩がせりあがる。脇腹が痛む。見捨てられるのが怖かったんだ。医者はぼくのヒフをボールペンでつついた。ぼくをまっすぐに見ずに。精神科へ行かせた。塗らないあんたが悪い。指示通り薬を塗りなさい。あなたは塗るのか?あなたの息子にそう言えるか?塗ったあげく止めるとあんなことになった。ふざけるなと言っても良かったのだ。あんたは何を隠しているのだと。
なんで、のこのことあのマンションへ行ったんだ。誰かを助けられるとでも思ったのか?そういう必要が必要で、そうでなければ認めてもらえないと思っていたんだ。ぼくは傲慢でどうしようものないアホだ。自分が深く傷ついていることから目をそむけている。誰かを助けることで自己満足を得たかっただけなのだ。その結果、見知らぬ男になぐられたうえにヒトゴロシとして警察に追われている。ばかか。そうしていま山小屋の屋根裏のふとん部屋に隠れている。自分を知らない自分に腹が立ってきた。ぼくは『セラ』リバウンドでほんとうにたいへんな目にあったのだ。何年も誰にもとりあってもらえず、死にそうなのは自分のせいだと思って生きてきた。時折起こるさざなみの理由がわかった。さざなみはまちがいな感覚ではなかったのだ。そでぐちを噛んで波のような吐き気を胃の中に追いやった。今、誰よりも助けが必要な自分を知った。ぼくはずっと父親を憎んでいた。それを見ないでいた。やっとそれに気づいた。猛烈に腹が立ってきた。

2021.1.5

 

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