オンライン小説『リバウンド』rebound-060    ぼくはぼくの問題へ向かう。

小さな駅の待合室で遅い時間ののぼり電車を待つ客はぼくと腰の曲がった老婆がひとりだけだった。
老婆は温泉地で何かを売る商売をしていたのだろう。大きな背負子が見えた。時々乾いたせきをしてみかんを食べていた。石油ストーブにちろちろと火がついていてあたたかく、やかんからは湯気が出ている。
木の枠組みの古い大きなテレビからニュースが流れている。赤いブラウスを着た胸の大きい女性が深刻そうな顔で、肝炎の感染について話している。リバウンドでのたうち回っているとき非加熱血液製剤と薬害エイズ問題がクローズアップされていた。血液感染の可能性が高いとアメリカからの警告があった後も使い続けられたが、その事実はだいぶ時間がたってから検察が膨大な患者のカルテを紐解くことで明らかになった。どこかの製薬会社の課長らが数人処分されてやんわりと報道が終わって、問題もないものになった。数年後に父はひっそりといさぎよく死んだ。いさぎよすぎて腹が立った。
医者の指示通り『セラ』を使った挙げ句リバウンドになり、発狂しても、監督官庁の人々は痛くもかゆくも苦しくもないし仕事や家族を失うこともない。供給側の説明モデルにそぐわない患者と症状とは存在していないものとされる。患者が治ろうが治らなかろうが責任はないよと言っている。
C型肝炎が引き金で毎日300人以上の人が死んでいると赤いブラウスの女性は締めくくった。どうしてこれはたいへんな問題なのだから、責任を明らかにして今後こういった問題が起こらないためにこうしましょうと言わないんだろうと思った。でもそれはぼくの投影であることは良くわかっていて、彼女はたんに仕事で原稿を読んでいるのだし、誰でも自分のためにならないややこしいことに関わるのはごめんなのだ。ぼくがずれてるんだ。賢い老婆は関心がなさそうに、石油ストーブに手をにかざしている。湯気をだしているやかんがあんたには何ができるんだいとぼくに言った。老婆がぼくを見てほほえんだように見えた。
真っ暗なかなたから小さな光と共に1両だけの電車が雪をけちらしてすーっとホームに入って来た。ディーゼルエンジンのアイドリング音がけたたましく響く。老婆は背負子を背負う時によっこらせと言った。ぼくはぼくの問題に向かう。電車の窓からはさっきまでいた小さな待合室が見えた。それはどんどん離れて見えなくなった。

2021.1.9

 

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