オンライン小説『リバウンド』rebound-061    ぜんぶほんとうだ。

夜更けにターミナル駅に降りた。
現世の人々がそれぞれどこかに急いでいる。駅を出ると、雪は降っていないが路面が凍りついていた。ゲンがお客さんの忘れ物だと言って着せてくれたスキー帽とフード付で裾の長いダウンがありがたかった。
立ち食いそばののれんをくぐった。現世の入り口のにおいがする。湯気の向こうに緑の腕章をしてオーバーを着込んだ若い警官が立っていた。どきりとした。ぼくはなるべくどんぶりから顔をあげないで、慎重にそばをすすり熱いつゆを飲み干した。のれんを出て、うつむいたまま駅前を横切る。一本路地に入ってネットカフェに入った。入り口のネオン看板にも慣れたし、受付で注意事項を聞くときにそっぽを向いていることにも慣れた。何ごとにも慣れるものだ。スカイプでリタを呼んだ。

「それどれくらいほんとうなの?」リタは怪訝そうな声で言った。
「ぜんぶほんとうだ」ぼくは言った。
「763人の個人ブログが同時に立ち上がってあのカルテにリンクがかかるの?」
そうだと言った。
「何かのコネも取引もない。強制でもないし広告代理店の仕事ではない。ぜんぶ個人の意志だ」
「わたしはそれを事前に知ってて、記事にするのね?」
「そうしてくれると助かる」
「いいのよ、このところこのじれったさとまだるっこしさには欲求不満だったのよ、きっちりと書いて今週号にのせるわ」
「ありがたい」
「あなたは大丈夫なの?警察はけっこう本気だと思うわ」
「これから移動する。うまくいけば警察がぼくを見つける前に水をたっぷりやった芽がインターネット上にどんどん伸びていく。そうするとだれかが困ることになるかも知れない」
リタは作戦を理解した。彼はひとつのかけにでるのだ。さざなみな事実をつなぎ合わせ大波を起こし、それを乗り継いで岸に上がろうとしているのだ。
「パワーを甘く見ちゃだめよ。事実はどうでもいいことになるのよ」リタは言った。
「そうだな。波を良く見て乗るよ。ねえ、もし3日後にぼくに連絡が取れなくなったらこのことを警察に通報してほしい。たぶんぼくがいるとすればあのマンションだ」
「あなた何する気?」リタは小声になった。
「記事を頼むよ、じゃ」スカイプは切れるとツーとも言わない。ただ通話が切れる。我に帰る。

誰かが困ることになるかもしれないだ?面白いじゃない。事実は他の事実と繋がった時に新しい事実となる。武者震いがした。リタはヘッドセットをはずすとテキストエディターを開いた。朝までに書き上げてデスクの判をもらえば今週号に入稿できる。構造はほとんど頭の中でできていたし例のデータや写真もある。リタはしずかにキーボードを叩きはじめた。

20XX年12月8日。無記名で言いたい放題のブログやコメントを完全に無視して、763の個人ブログがいっせいに立ち上がった。それは都合のいい憶測や思い込みや知ったかぶりを一瞬にして無力化した。蓋をされて存在しないはずの事実が、圧倒的な質と量につながり新しい事実の芽となった。763のブログとカルテデータのリンクには蜜に吸い寄せられるハチの大群のようにいっせいにコメントが書き込まれ、リンクが貼られトラックバックが飛び交った。芽は時間と共にいくつもの太い茎となり猛烈ないきおいで触手を伸ばし、この現象を事前に独占的に掲載した雑誌は、公式な攻略本として扱われ異例の増刷部数となった。

2021.1.10

 

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