オンライン小説『リバウンド』rebound-062    損得勘定に矢を放つ。

ネットカフェと夜行列車をのりついで早朝の都内に入った。ホームに降り立つと乾いた下水のにおいがした。あちこちでエアコンの室外機が唸っている。ダウンを脇に抱えて混雑した地下鉄にもぐりこむ。朝の通勤ラッシュ。沈黙、スマホ画面、スマホ画面、スマホ画面、無表情。別の世界に迷い込んだようだ。地下鉄の黒いガラスにぼくが映っていた。顔の腫れはあらかたひいていたが無精ヒゲがのびていた。気に入った。
マンションにぼくを引きこんだ女のケイタイに話があると電話した。飛んで火に入る夏の虫だ。待ち合わせ場所に小男と大男があらわれた。彼らは前に会った時と同じ服装をしていた。同じ服を何着も持って入るのかも知れない。
マンションの入り口は黄色いテープで規制されていたが、小男が鍵を持っていて地下の駐車上から、なんなく部屋に入ることができた。ドアを閉めると、大男が拳銃をぼくのあごにつきつけた。その銀色の物体には現実味がなかったが、ぼくはテレビや映画で見るように両手を肩口まであげてみた。胃が絞りあげられるようにきりきりと痛んだ。小男がまあ奥に行って座りましょうやと言って、頭をかしげた。部屋は雨ざらしになったかようにソファーや畳が濡れていた。ぼくが脱出するときに天井のスプリンクラーを壊したからだ。
「先に聞きたいんだ」ぼくは言った。
「あんたらがコヤマ医師を殺したのか?」
大男が鼻を鳴らして小男がげへへへと笑った。
「あほか、なんであたしらが」小男が言った。
大男がにやけて拳銃をぴたぴたとふとももにあてた。
「そのチャカはサラやで、なあ?」小男が言った。
大男は銃口のにおいをかいでうなずいた。
「コヤマ先生はなあ、まあなんて言うかアメリカ帰りのインテリイケメンでプライドをお持ちでなぁ、それでもってえらいまじめなお方でなぁ。お友達があんなことをしたもんだから、心底がっくりされてはったのよ、見てて気の毒なぐらいでな」小男が言った。
「なんだか思いつめてはってなぁ。あれこれぶちまけたいなんて言うもんだから大先生とうまくいかなくなってなぁ」
「それで殺したのか?」ぼくは先を急いだ。
「いやいやいや、だからそんな風になるのかなぁって、私らの出番かなぁて、おもうてましたんや。ところがある朝ぽっくりやて。えらぎょうさん薬やらなにやらを、飲んではったみたいでなぁ。自分で処方箋書いてはったみたいやわ。もともとあんまり体の丈夫なお人ではなかったみたいやね」
小男はそこまで話すと、たばこを1本取り出して口にくわえ、チープな青のライターで火をつけた。ちりちりと燃える先端からたきびのような香りがするが、すぐに気分がわるくなるいつものあの匂いになる。
「じゃなんでここで遺体が見つかったんだ?」
「・・・あんたをなんとかするのにちょうどいいやろ?」
小男がにやにやとしてまた煙をふうと吐いた。話は終わりだという空気が部屋に流れた。小男が話したことがほんとうなのかうそなのかはわからない。どちらにしても、それはぼくには関係のないことなのだ。でもそれらを知っていることはまずいことであるように思えた。大男がゆっくり近づいてきた。
「気の毒だけどあんたの後始末の段取りも、もうついてるんやでぇ」
小男はほんとに気の毒そうな顔をして、缶コーヒーの缶にたばこをもみ消した。
「あんたの方から連絡があるとはねぇ」
大男は拳銃にサイレンサーをねじりこんでいた。時計を見て小男にうなずいた。
「鴨がネギを背負って来はった」
ぼくはこのあいだとおなじ椅子にすわっていた。背中の血管がちじんで寒気がする。無意識に左手を脇腹に当てている。ぼくは小男が吐いたばかりの煙を吸わないよう、横を向いてゆっくり息をすった。
「いまぼくを殺せば、あんたらはすぐに特定される。ぼくはここに来る事とあの女の携帯番号やらここの住所やらあんたらの人相やらを、ブログにアップしてきた。週刊誌の記者にも言ってある」
「大男が、あ?」と言った。
「どういうことや?」小男が続けた。
ぼくは伸び続けている芽について話した。驚いた事に彼らは何も知らなかった。小男はしばらくじっとぼくを見ていた。にやにやしてた笑みが消えた。
「あんた若いのになかなか肝がすわってるやないか」小男が言った。
大男はぼくの頭をつかみサイレンサーをこめかみにぐいとあてた。
「ほまにめんどくさい男なんやなぁ」
小男は一度消した短いたばこにまた火をつけて、顔をしかめた。
「あたしらと組んだらどうなん?この業界でもやっていけるでぇ」
小男がふうと煙を吐いた。
ぼくは両手を握り締めていた。胃がぎりぎりとねじれている。死ぬのは怖くない、と思う。自分が必要とされることが必要で、誰かに認められたいならこれが最後だ。準備不足だしもう少しなんとかできたような気もするが、今の状況ではぜいたくはいえない。いまできることをやるしかない。しばらく芽は伸び続けるだろう。それが『セラ』リバウンドの患者にとってよい現実になることを願う。発射音を聞いた時にはもう意識はないのだろうか?死ぬまでにどれくらい苦しむのだろうかという恐怖に襲われた。手ゆっくりと開いて、汗をズボンにぬぐった。ぼくは待った。ぼくの小さな矢は放たれている。ぼくは小男の損得勘定に狙いをつけたのだ。彼らは関係者ではあるが内側の関係者ではないだろう。誰かに雇われているにすぎない。もし彼らがプロであるなら、コストと利益に関しては慎重なはずだ。仕事内容とギャラの関係にはうるさいはずなのだ。なんというかこの手の仕事はリスクを考える事が重要だし、それは自分たちの存続に関わるからだ。ぼくを殺した後の始末はたぶん依頼者が協力するのだと思う。医療関係者であればとても簡単なことなのかもしれない。でも彼らはまだ廃業したくはないだろう。仮にギャラが良くても、リスクをどう考える。ぼくは小男のそこに矢を放った。金色の馬の形をした時計がカチコチカチコチと沈黙を刻んでいる。書棚には本がぎっしりと並んでいる。洋書も多かった。コヤマ医師はここを執務部屋として使っていたのだろう。両親や家柄に恵まれ熱心に勉強し医師免許を取りアメリカでキャリアを積んだ。この部屋でプライドや成功を楽しんでいたのだろう。飾り箪笥の上のいくつかの写真が、いまだに主人をひきたてている。ふいに小男はカーテン越しに外を見た。
「なんやあれは?」と低い声を発した。大男も外に目をやった。
「たぶんマスコミとやじ馬だと思う」ぼくはからからののどで言った。
小男はぼくの方を向いて、損得について考えをめぐらせた。
「あんたをこのまま警察に渡すこともできるんやでぇ?そしたらあんたは殺人犯として捕まるでぇ」
「そうかもしれない」ぼくはここに警察が踏み込んでくるのを待っていた。まだこない。警察はインターネットを見ないのか?ぼくは脇のしたにじわっと汗をかいていた。小男は短いたばこをフィルターぎりぎりまで吸うと、缶の底にコンと落とした。携帯がけたたましく鳴った。小男は画面をチラッとみるとあわてて通話ボタンを押した。

2021.1.12

 

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