オンライン小説『リバウンド』rebound-065    カワムラと会う。

小男の運転するクルマは都心に近づき、見覚えの有るビルや地下鉄の入り口が見えた。
小男は運転もうまかったが道を良く知っていた。右折ラインに入る車線どりやタイミングがスムーズだった。小道から街道に出たり街道から小道に入ることを繰り返した。都内の運転に相当慣れている。新宿のビルが見えたあたりからぼくは小男がどこに向かっているかわかった。小男は正面ではなくて緊急患者搬送口の前にクルマを止めた。
「降りろ。廊下をまっすぐに行くと右手にエレベータがある。それで6階へ行け」
小男はフロントガラスを向いたまま言った。
「あんたとはここでおわかれや。まあ、お互い生きていればまたどこかで会うかもわからへんけどな」
大男はさっさと行けとあごを上げた。ぼくがドアを開けて降りようとしたとき小男の携帯が鳴った。小男はディスプレイを見て目を細めて通話ボタンを押した。左手で早く行けというように手を払った。ぼくがクルマを降りても小男は携帯で話していた。ぼくに気づくとまた手を払った。
緊急患者搬送口の白と赤のサインのあるおおきなドアを開けた。
廊下はしんとしていて薄暗かった。消毒薬のにおいがする。歩くとスニーカーの底がリノリウムの床に密着してぎゅうぅぎゅうぅぎゅうぅっと鳴って廊下に響いた。エレベーターの入り口の壁に年季の入った館内案内板があった。6階は精神科入院病棟と書かれていた。広いエレベータはごうううぅうんという古い動力音がした。どこか別の時間に向かっているような気がした。
降りると白衣を着た中年の男が立っていた。映像で見るより小柄で、人を使い慣れているような表情をしている。高そうな黄色のネクタイが芝居がかって見えた。彼の背後の廊下から丁寧に注意をはらわれているような静かな気配がした。ついてこいとばかりに何も言わず歩き出した。ナースステイションを過ぎて大部屋の前をいくつか過ぎると、大きな窓のあるスペースで足を止めた。飲み物の自動販売機がありスタンド式の灰皿と小さなソファーがひとつあった。
「名前を聞いておこう」
ぼくは名前を言った。彼は小さくうなずいた。
「私の名前は知っているな?」
ぼくはうなずいた。
「ネット上は手をつけられないことになっているのか?」
彼はソファに座りながら言った。
「わかりません。でもおかげでぼくはさっき撃たれずにすみました」
向かいにすわりながら精一杯しっかりと言った。彼は自動販売機を見つめながらつまらなそうにうなずいた。
「あと30分ほどでマスコミが集まる。まあ、記者会見というやつだ。コヤマの事を話す」
彼は背をまるめ両手を白衣のポケットに入れて言った。
「カンファレンスのことも?」
「ああ、そうなるだろう」
「君にはやられたよ。いったいどんな手を使ったのか教えて欲しいもんだよ」
彼は言った。
「患者さんに助けられたのです」
彼はしばらく黙ってぼくの目を見ていた。眉間にしわを寄せてぼくの言った言葉を理解しようとしているように見えた。多くの事をコントロールしてきたのだという自信が刻まれた目には、ある種の力があった。今では、彼は窓の外のどこか都会の一角に目をやっていた。アンテナのように尖ったデザインの建物と赤いランプの点灯が見える。
「記者会見が始まると私はおもしろおかしくしゃぶられるだろう」
やわらかい西日が彼の横顔に差し込んでいる。
「どれくらい持つかわからんがまあなんとかやる」独り言のようにつぶやいた。
自動販売機のサーモスタットが不意に切れた。あたりは静まりかえった。都会のど真ん中の奇妙な静けさであった。大部屋の入院患者がけほけほけほと乾いたせきをした。誰かがベッドの上で寝返りをうっているかさかさかさという音が聞こえた。すりっぱをひきずる音がする。どんな日常でも時間は前に刻んで行く。可能な限りそれがそれぞれにとってすこしでも良い道に向かっているといいなと思った。

2021.1.15

 

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