オンライン小説『リバウンド』rebound-069    医師の指示通り使っているかぎりそのようなことはありません。

カワムラは吊るし上げられていたがタフだった。白い巨大な建物の陰に身をかわす術を心得ている。
「最初から知っていたのではありませんか?」
媒体名と所属、名前を言ったあと男性記者が質問をした。
「そのような認識はありません」カワムラがマイクを持って答えた。
「知らなかったのですか?」
「標準治療ガイドラインに記載されている通りです」
「『セラ』をやめるとリバウンドがおこるのですか?」
「医師の指示通り使っているかぎりそのようなことはありません」
「現に、全国におおぜいのリバウンドの患者さんがいるじゃないですか」
「そのような事実は私どもでは把握しておりません」
「彼らは存在していないということですか!」
会場の中ほどにいた女性記者が立ち上がり声を荒げた。
カワムラはそういう態度はいかがなものかと頭を振って進行役のスズキを見た。
「えー、ご質問はマイクをお回しする順番どおりにお願いいたします。また、どうかお手元にあります会見資料をご参照の上ご質問をお願いいたします。そちらに最新の臨床データを掲載させていただいております」
広告代理店の営業マンは用意周到だ。一晩で予想される質問のほとんどをFAQ方式の配布資料に仕上げてきた。統計処理された数字を並べて、これを見ればわかるだろう頭の悪い質問ははずかしいぞと釘を打っている。会場のぐるりにはスズキの部下たちが腕に腕章をしてホテルのボーイばりに整列し高尚な場を保つために芝居がかった演出をしていた。女性記者は立ち上がったものの気勢がやんわりといなされ顔を赤らめて座りなおした。
肌の黒い外国人記者が挙手をした。
「アメリカから警告されていたのでは?」
「そのような報告は承知しておりません」カワムラが答えた。
「私の国ではリバウンドといわれている患者さんを見たことがありません」
カワムラは黙っていた。

「それでは質問を変えます。このいただいた資料には、医師の指示に従わないため結果的に症状が悪化している患者さんがいるとあります」
カワムラはまことに残念なことであるとうなずいた。
「自殺された医師のカルテデータと763人の実名のブログを読みました」
肌の黒い外国人記者は続けた。「彼ら彼女らに共通しているのは、はじめから『セラ』を拒否していたのではなく、長い間治療をした後に止めているようです。この点についてはいかがお考えですか?」
「治療を選ぶのは患者さんであって、私どもはいかなる強制もできないと思っております」カワムラが答えた。
「ふむ。ということは少なくとも763人には途中で選ばれなくなったということになりますね?」
「それが事実かどうかはわかりかねます」
「先生は例のカルテデータとブログをご覧になりましたか?」
「いや見ておりません」
「先生の病院では治療中に患者さんが挫折、あー、来院されなくなったケースはなかったのでしょうか?」
カワムラは当然だろうと頭を振った。
「それでは例のカルテの男の子と763人はきわめて特殊な患者さんだったと思われますか?」
「わかりません。だいたいそのカルテやらブログだかなんだかは信憑性があるのですかね?」カワムラが語気をあげた。
今では会場の誰もが肌の黒い外国人記者の次の質問を待っていた。彼は患者に同情をしているわけではない。誰かの代弁をしようとしていない。不満をぶつけていない。ていねにこの国の言葉を学び使いリサーチ上の質問で文脈を構成している。
「手の込んだいたずらだとしても非常に良くできているように思えます。ひとつひとつがとても個人的でテキストや画像に責任が感じられます」
「だからと言って事実とは限らないでしょう」
「ふむ。興味深いことですが、彼らは個人の情報を公表することになんらメリットはないのです」
カワムラはいらだちを見せた。
「それが私どもとどう関係があると言うのですか?」
「指示に従い使い続けてもなお人生に苦痛を体験するため『セラ』を自分の意志で止めるという選択は人間として無理も無いのではないかと思うのです」肌の黒い外国人記者は続けた。
「あなたは彼ら個人の意志を真摯に受け止めるべきではないかと私は思います」
外国人記者はそう言うと礼を述べてマイクを隣の記者に手渡した。
カワムラは、私は、といいかけてコップの水をこぼしそうになった。文句やクレームなどには慣れている。それらには全く関与することなくつぶすか無視すればいい。どうとでもなる。しかし、個人の意見を提示されることにはまるで慣れていない。
次ぎの記者が責任はどうとるおつもりですかとか患者やご家族のお気持はどうお考えですかなどの情緒的な質問をくりかえしたが、スズキはFAQをたくみに使いお時間に限りがありますのでとスマートに会見を終了させた。ほら誰も悪くないだろう?これはしょうがないことなんだ。あなたたちも商売だぐらいし記事のネタになったのだからまあこのへんにしとけよ。2~3週間は持つよ。次ぎのネタが報道されみな忘れてしまうまで。視聴者や読者がああよかった自分はまだましだとひといきついて安心しておしまい。ややこしい病気や薬のことなどは気の毒だけれどどうしようもないじゃないかと。
カワムラはしてやったり顔を見せるスズキを見て笑えない自分に気がついた。ぼーと立ちすくんでいるところをスズキの部下に引かれて会場を後にした。
レナはセラを自分の意志で『セラ』止めた。どれくらい使い続けたかも知らない。父親として何もしらない。彼女の苦痛を考えたこともなかった。
カワムラは行先を懇親会会場から病院にかえると運転手に告げた。レナに会いたい。新しいパソコン買ってと甘えてくれ。お父さん助けてと言ってくれ。

2021.2.9

 

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