「その女の子は治るの?」
ビサはシャンパンにカシスをほんの少したらしている。グラスの中に細かな気泡がはじけてピンク色の液体がしずんでいく。
「ドクターボノに写真を送ったよ」
「それで?」
「『ワイプ』症状そのものより、リバウンドのヒフの物理的損傷がベリーシリアスだと言ってきた。なんでこんなになるまで医者に診せないのだと」
「やりきれない話ね。彼女はずっと病院に行ってたんでしょう?」
「彼女もわれらが“様子を見て上手につきあいましょう”につきあってきた。そんで、父親は有名な『ワイプ』の医者だ」
ぼくはセロリをさっとゆでて塩と少量のごま油であえた。いつでもセロリをゆですぎてしまうのはなぜだろう。グラスからシャンパンをひとくち飲んだ。
「あなたの方は?」
「うん?」
「誰が悪ものだったの?」
「わかんない」
ぼくはトマトを粗く刻むとオリーブオイルをひいてガーリックスライスを炒めたなべに入れた。シャンパンは見た目は美しく渇きを癒しながら気持ち良く酔えて味覚を鋭くする絶妙な飲み物だと思う。
「患者が適切な治療をもとめるのはあたりまえなことだと思う」ぼくは言った。
「あなたは捕まらないの?」ビサはピンク色にしたシャンパンをひとくち飲んだ。
「たぶん」
「たぶん?」
「カワムラの証言でぼくの容疑は成立しなくなる。ヤクジホウイハンにも無理がある。でも、出すぎている杭であることは変わらない」
「それで?」
「このまま行くよ」
ビサはグラスに口をつけたままゆっくりとうなずいた。
「私たちは?」
ビサは顔がほんのり赤くなっていて例の子供のような目でぼくを見ている。ズッキーニを細かく切ってごまかした。なべの中ではラタティウが進行中。ビサはぼくを見つめていたがあきらめたようにぷうーと息を吐いた。
「そんなことだろうと思っていたわ」
と言って自分のグラスにシャンパンをどぼどぼとそそいだ。
「いや、あの、えっとそんなわけではないんだけど」
「まあいいわ、いまにはじまったことではないし、それに・・・」
「えっ?」
「あなたはこんかいよくやったわ」
ぼくはシャンパンの浮遊感が急に全身に回っていくのを感じた。それはほんもののリラックスでこれまで感じた事のないすてきな感覚だった。
2021.2.16