Ⅳ章:「自分の専門家」になる冒険 ac-alive-059 ほんとうの自分を受け入れる抵抗、照れ、恥ずかしさ、遠慮。

Co:さてさて、自分の専門家になることについていろいろ話してきたが、自分自身を見つけそうになると今度は強い違和感を感じることがあるんだ。
AC:えー?やっと自分を見つけそうになっているのに?
Co:そうだ、これまでずっと他者の期待に応えるために、生きてきたとすれば、当然なんだが。だいぶ、違和感を感じるだろう。
AC:うーん。スマートにいきませんねー。
Co:そうだね。ぶつきらぼうに言うと、身体が感染して病気ならお薬を飲んでウイルスを退治すれば良い。骨折ならくっつければ良いが、心の治療は目に見えにくいし回復も体験しにくい。
たとえば、いままで共依存的な関係性が当たり前だったとすれば、–それで人間関係がうまくいかないのだが–、人間関係、特に親密な関係がうまくいきだすと、、、?
AC:あー、うーん、照れちゃうかも。
Co:うん。
AC:それで、その照れているのを知られたくないから隠すかも。
Co:ははは。どうしていいかわからなくなるから、怒っちゃったり、不機嫌になったりして?
AC:うーん。見に覚えがありますー。
Co:私、こんなに愛されていいの?と。こんな私でも?と。
AC:うーん、腹が立ってきます(笑)。
Co:あははは〜。ごめん、ごめん。つまり、自分を後回しにすること、自分を犠牲にして他者のめんどうをみる共依存には、メリットがあったんだ。
AC:えー、メリット?
Co:自分自身の内面、力を見なくていいという。
AC:はー。
Co:それに加えて、自分自身が愛されると誰かを否定してしまうと取り込んでいるからだね。
AC:う〜ん、もしかして親?
Co:そうだね。私が自分自身の力を認めてしまうと、もしくは愛される存在であると認めてしまうと、私を否定してきた親を、いま、否定してしまうことになる。
ずっと、私がいけないから親は不安定なんだと自分を責めて、親の不安定を受け止めてきたのに。
AC:え〜!
Co:私は私のままで良いとすれば、あれは親の問題だった。と。親に怒りを向けなくてはいけなくなる。そういった自分の中にある怒りを親に知られることをずっと隠してきたのにね。そうするのはなんでだっけ?
AC:うー。言いたくないです。
Co:そうだね。
AC:・・・見捨てられる不安ですね?
Co:うん、よく頑張ったね。子どもは親に怒りをぶつけると、見捨てれて生きていけなくなると感じてしまうんだ。だから、身体感覚である感情をぐっとふさぐ。それらが、大人になって、喉の詰まり、胃腸・横隔膜の違和感、腹痛、呼吸器の疾患、腰や肩の痛みとなることがある。
AC:はい。全部あります。
Co:私の事例を少し話そう。

高校の時に友人達が受験勉強に夢中になっているのを見ていて、何をしているのか、なんだかよくわからなかった。大学とは何をする場所で、その先に何があって、社会で生きるとはどういうことなのかほんとうに全然わからなかった。自分が誰かがわからなすぎて
就職するという意味がわからなかった。
とりあえず、誰かのためにする仕事—山小屋の管理人とか前述の企画営業とか—という観点からはぎりぎり生きるとはこういうことなのなかと思っていた。
もろもろあって(笑)前述のようにそういった私の姿勢は身体症状、病気をいう表出を持って破綻した。それで、自分の専門家になる道をここまで辿ってきたわけだが、。
最近の気づきをシェアしてみる。
ギターを引いていて、かっこいいフレーズが思いついたり、曲のアイディアが思いついたりしたときに、あーいい! とおもいつつ、それを肉付けして完成しようとすると、「遠慮」のような気持ちが浮かんでくることに気がついている。文章を書いたり、詩のフレーズを思いついても同じことを思う。スキーやサーフィンや他のもろもろ楽しいこと、についても。
さて、「遠慮」とは、なんだろう?
中学ぐらいのときに夜中、ひとりでヘッドホンをして一人ライブしていたら、いきなり父がガラッと戸をあけて、うるさい!おまえが音楽などできるはずがない!と言われたのを思い出す。 当時、私は無意識下では、生き延びるための環境に大きく混乱していて、見捨てられないことにすべての神経を使って自分自身の内面の動きとか傾向とか向き不向きとか自分が誰であるか等を育む心の余白がまったくなかったのだろうと思う。だから、いまでも、ときでき、私が「へん」な(他者には理解できないかもしれない、私らしい、。)能力を発揮すると「遠慮」のような抵抗が表れる。それを素直に受け取ると、父を否定することになるからだろうなぁと。
もちろん、父は、病弱で施設帰りの私の、学校の勉強の遅れを心配していて、なにはともあれ、とにかく普通に学校に行って一人で生きていけるように自立する道を示唆していたのだ。

誰かの言う、幸せ、にならなければいけないという思いを捨てるんだ
あなたは十分闘ってきた。もう銃をおろしてもいい。
道化師の憂鬱、兵士の憂鬱、アスリートの憂鬱、猛烈ビジネスマンの憂鬱
手持ち無沙汰。
何をしていいのわからない。
もうお酒もおいしくない。
私とは誰? なにができる?
共依存からの脱出のはてに何がある?
わたしはわたし、あなたはあなた。
猛烈なさみしさ。孤独。溶岩のようにはじけ、ふっとうする怒り。
わたしのことをしているわたしが、
あなたのことをしているあなたにどうすれば有益になるのだろうか?
私はいったい誰なのだ?
そう問いかけながらいま、ここを生き延びていく。
私には自分を知る道以外に生きる術はないのだろう。
どうしたら、わたしでありながら、世界の中にありながら、世界に属さないでいられる?

AC:素敵なシェアありがとうございます。
Co:聞いてくれてありがとう。

2020.10.10

 

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