Ⅵ章:ACという生きる力 ac-alive-072     生き延びる力との別れ〜ばかばかしさ。

Co:彼は、自分が何ができるかを誰かに証明してみせるために心身を壊すまで仕事や人間関係に邁進し、倒れる。という人生を繰り返してきた。
AC:うーん、わかる~。
Co:彼の変化を私はずっと目撃してきたが、辛抱強くACという自覚をつかった探求は彼に少なくない変化を見せた。
Co:おー。
AC:興味深いのは、最初は、ばかばかしさ、という感覚だったようだ。
AC:え? やる気がなくなったということ?
Co:そうではない。自分が誰であるかを知ると、他者のために奔走することがばかばかしく感じるのだろう。
AC:おー、そういうことか。
Co:自分の欲求や必要性、あるいは命の流れに意識がむけられたのだろう。でも、一方で、
「トラウマや家族の影響から楽になったけど、この先どうやって生きていけばいいのかわからない」
「共依存をやめられたが、猛烈に寂しくて虚しくて苦しい」
「いままでのわたしの人生とはなんだったのだ?」 と、大きな喪失を体験した
AC:依存症、共依存をやめると感じる、空白ですね?
Co:おお、そうだね。トラウマの回復や変化とは、時にそのようにやってくる。
彼の興味深いエピソードを紹介する。
彼は、住居に関して長い間思い悩んでいた。例えば、自宅を購入してしまうとそこにずっと死ぬまで居なくてはいけないという恐怖に苛まれていた。
実家や地元には「安心」した体験がなく、かといって、どこに自分の「安心」を築けばよいのかわからなかったし、どこで死をむかえればいいのかわからなかった。彼はそういった「安心な住まい」という傷を肥大させてしまい、絶対的な安心や死に場所「終の棲家」を強く欲していて、同時に大きく混乱していた。
AC:なるほどー。内面が混乱していると現実が混乱するんですね。
Co:自身の安心を「終の棲家」に投影して、完璧な安心や安全を求めすぎて、居場所が決まらない。だから、ケツが座らない状態が続いていた。そして、ケツが座らないと、仕事や生活の安定、安心に関して頻繁に困難を抱えることになる。
AC:そういわれると簡単なことに聞こえるけど、本人にはたいへんなことですね。
Co:何ができるかを誰かに証明しようとして、身を挺した行動に翻弄される。そうやって自分の存在の確認を他者から得たかった。そして、自分ではこの世に確かに生きていると実感したかった。はんたいに言うと、どうやって死を迎えたらいいの知りたかった。
ずっと、何か課題を成し遂げれば、それらを得られると思っていた。何かを成し遂げなければそれらは得られないものだと思っていた。
AC:あなたは確かにここに「存在」しているよって、誰かに言われたくて、生きるなんて。
Co:もちろんその姿勢とは、現実的に自殺せず、ここまで生き延びるための力でもあったわけだ。
AC:けなげな姿勢で泣けてきます。
Co:さて、ACという生きる力を自覚したいま、その過去の姿勢とお別れの時が来た。
彼は、いま、都心部から少し離れたところに小さな住まいを購入する準備をすすめている。そこを基点として仕事と人生の喜びと死を享受する試みのために。たぶんそれは、おげさなものではなくて、いまあるものなのだろう。
AC:自分自身を。
Co:健全な自己愛を育むこと、自身の欲求や必要性を自覚することとは、生き延びるための意志の力で人生を制御することにやっきになることではなく、ありのままの自分自身と生と死の関係性を受容することなのだろう。
AC:うん。なんだか肩の力が抜けてきました。

 

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