***ACという生きる力 連載エッセイ!

Ⅳ章:「自分の専門家になる」というコンセプト その1

Co:さてさて、先程の40代の男性は、いま生きているわけだから、すくなくとも残りの人生を「自分」でいようと思ったと話していた。
AC:自分でいよう?
Co:社会や世間体のためではなく、他者の世話焼きをした自分を保つのではなく、。
AC:それ以外の自分がわからないです。
Co:うん。無理もない。だからね、育て直す。や、デザインし直す。のような言葉がいと思う。
AC:はー、子ども時代からやり直す?
Co:うーん、そうではないね。これまで苦しんだり格闘するために過ごしてきた膨大な時間とはどんな経験をしたのだろうか?
その経験を今後の自分と自分の人生を愛するために使うとしたらどんな方法があるんだろう?と、。これまで苦しんだり格闘してきたあなたの文脈を一度解体して、肯定的な視点で再構築して、新たなあなたの物語りを紡いでいくという道のりなんだ。
AC:は?
Co:先程の男性には、犠牲者や兵士という文脈が長い間、優勢な物語りであったが、一方で?
AC:あっ、生存者という別の側面!
Co:うん。生存者という肯定的な視点で彼のこれまでの人生を編集しなおしたらどんな物語りになるだろう。そして、それは、彼の言うところの残りの人生を「自分」でいるためにどのような助けになるのだろう。
AC:はー。興味深いですね!
Co:ここからは、「自分の専門家になる」コンセプトを3つ話していくよ。
AC:はい、なんだか楽しみです。
Co:まず、はじめに、「問題」が問題なのである、あなたが問題なのではない。問題とあなたの関係が問題なのである。(White&Epston 引用)というナラティヴ・セラピーのアプローチからご案内する。

AC:問題が問題?
Co:悩みや苦しみとは、自分の対応や能力が悪いから罰を受けている状態で、社会に適応できていない自分が問題なんだ。という現代社会の一般常識がそう体験させているかもしれない。
AC:え? えええ、。だから、悪い自分をなんとか治さなければいけない。
Co:そうやって社会に適応しなければいけない。
AC:あ、はい。
Co:でも、何度も繰り返しうまくいかない。
AC:・・・はい。それで、そんな自分はやっぱりだめなんだと、悩んだり苦しんだり。
Co:そうやって「問題」は創られていくんだろう。
AC:え?
Co:社会や世間体の見方が優勢なストーリーは適応とみなされて、それ以外は、不適応として排除されて、「問題」とされてしまう。
AC:なになになにー?
Co:ゆっくりいくよー。例えば、「うつ」という医療者の説明が適応された人々は、それ以外の、繊細さ、郷愁、憂いあるいは、現状への怒りや不満という変化への課題などは、ないもの、とされてしまうかもしれない。
AC:えー、「うつ」とは、ひとつの見方?
Co:うん、医療者側の説明モデル、類比・単純化されたひとつの事象。
AC:はー、。
Co:いったん類比・単純化されてしまうと、それ以外の、彼ら彼女らの力は、ないものとされて、物語りに浮上してこない。
AC:なるほど~。
Co:そうするとなおさら、一側面である「うつ」が「問題」として彼ら彼女らの人生に優勢的な物語りとなって流れていくことになる。
AC:はーーー。
Co:ずっと、適用できないを責めてしまう。そうすると、「問題」から離れられない状態がずっとずっと続いていくことになるかもしれない。
AC:問題から離れられない?
Co:治らない私が問題なのだ、問題イコール私なんだ。私は力のない病者、病気の犠牲者などなどの物語りが主旋律となる。そこに自己同一性が働いて、それらを保つ思考や行動が日常となるかもしれない
AC:うー、損する気分。
Co:そうだ。このコンセプトは、あなたが問題なのではなく、あなたと問題との関係性が問題なのである。という視点から、犠牲者という人生を反転させる探索を始めることができるんだ。
AC:えー、問題との関係性が問題???

一例として,ホワイトとエプストンという研究者の文献から事例を紹介する。

慢性喘息少年へのナラティヴ・アプローチのケース :

10歳で慢性不安定性喘息と診断された少年は,生命も失うほどの状態での入院を経て,両親と家庭医の最大の努力にもかかわらず,喘息はコントロールできなかった。皆の心配は,再度,生命を脅かすほどの発作を起こすのではないということであった。
カウンセラーは,彼が喘息へのケアを両親に依存していることを観察する。カウンセラーが彼と共に,喘息をずるがしこい“トリックスター”と擬人化して外在化すると,
彼は自分のことを不注意で無防備な,わなにかけられた人として描写するに至った。そうすることで彼はカウンセラーと共に,“トリックスター”のわなの戦略を十分に探求し,近づいて来ているのを知るための方法はピークフローであると位置づけることを可能にした。
彼は,喘息のことを忘れて日常生活に戻る変わりに,“トリックスター”に対して注意深くなることにして,“トリックスター”のやり口や手段を学ぶためにノートを使うことにした。それは,ピークフローを,定期的に記録することであった。
彼は,日々,“トリックスター”についてのエキスパートとしてのキャリアを積み,これを喘息のリサーチ・プロジェクトと位置づけるに至った。
さらに,もし,彼がもっと“トリックスター”について知ったら,“トリックスター”は,彼を支配できなくなると気づくに至った。彼は,喘息という問題を外在化する前は喘息患者ではあったが,喘息無知者でもあった。
彼は今では何が喘息を起こせるか,何が喘息を防ぐことができるのかを知り,自分は喘息のトリックについて知っているという専門知識を持つに至った。彼は,喘息のリサーチ・プロジェクトにのめり込み,これを学校科学展に出品することになった。そして,彼は,喘息により制限されていた自己と自己拡張との間のジレンマに直面することに成功し,自分のライフスタイルとして後者を選んだ。彼は喘息患者という地位を捨てて,喘息に支配された他の少年少女のカウンセラー役を引き受けることになった。
<参考文献>
(White & Epston共著  小森訳 物語としての家族 1992)
(White & Denborough,  小森訳  ナラティヴ・セラピーの実践 2000)

Co:この事例では、彼が喘息なのが問題なのではなく、彼が喘息のケアを両親に依存していたことを問題とした。
AC:問題との関係性ですね?
Co:彼と喘息との関係性を問題としてアプローチした例だね。
AC:とてもおもしろいです!
Co:自分の人生やアイデンティティの中心にあると考えている「問題」は,外在化されると変化を促しやすくなる。そうすると彼は喘息の犠牲者として居つづけることができるかな?
AC:いえ。彼は犠牲者ではいられなくなると思います。むしろ、彼は喘息の子どもたちに希望を与えることができる、なんていうか、貴重な先輩、先行く人に変化していくのだと思います。
Co:そうだね。
AC:こうして彼の人生物語りは変化していくんですね?
Co:うん。
AC:ひとつの説明モデルに固執?すると、文字通り、その「問題」の物語りにとらわれてしまうんですね。
Co:問題との関係性を探ることで、あなたの他の側面を知る機会となる。
AC:あっ、もしかして、育て直しのヒントが見つかる?
Co:うふふ。

 

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